図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
「先生おでこどうしたの?」

 ピッ。
 本の裏表紙についているバーコードを読み取る。学校名が印字された、本によって番号がちがうバーコード。これを今手に持っているリーダーで読み取ると、パソコンの画面に子どもの名前と本のタイトルが出る。貸出も返却もこれで終わり。わたしが子どもの時みたいに、背表紙の裏に貼りつけた貸出カードに名前を書く、というやり方はしない。便利だけど、ちょっとだけ味気ない。子どもの頃使っていた、使っているうちに段々ボロボロになっていく貸出カードは独特の愛着があったものだ。

「ああ、今まで黙ってたけど先生ここに第三の目があるんだ。開くと世界が終わっちゃうから今封印してんの」
 キャハハッとはじけるように子どもたちが笑う。カウンターに並ぶ子どもたちが、声につられて振り返る。
 ピッ。
 バーコードを読み取ったリーダーが音を立てる。
「はいどうぞ」
 子どもに本を手渡すと、騒いでいる一団を振り返った。
「図書室では静かにしてください」
 小林と、その周りでじゃれついている三、四人の子どもが振り返る。
「すいませんね、亜沙子先生」
 小林はニッと笑ってみんなに目配せする。その額に貼られている大きなガーゼを見て、おもわず目が泳いだ。体育で校庭に出ることが多いからか、五月だというのに既に日焼けしている小林の額のガーゼは真っ白に目立って痛々しい。

 そこにチャイムが鳴り、みんなバタバタと立ち上がって図書室を出て行く。昼休みが終わって、五時間目になるところだ。小林はその場に残ると、ゆっくりとした足取りでいつもの席に着いた。
「授業行かないんですか」
「あーつぎ図工だから」
 そう言って、予め持ってきたらしい大学ノートを広げて正面の席を指でトンと弾く。
「ほら、亜沙子も座って」
 無言で反抗を示していると、額に手をあてた。
「あーいってぇなぁ」
 やっぱサイアク。

 大きくため息を吐く。ほんとにこんなこと嫌だ。嫌だけど、怪我を負わせてしまった身で拒否もできない。
「さっさと終わらせてくださいね」
 つっけんどんな口調になってしまうのは仕方ないだろう。椅子にどさっと音をたてて座ってしまうことも。
「緊張してる?」
 ほら、こうやって余計なこと言う。睨み返すと、小林はなにが楽しいのかニヤニヤ笑っている。

 
< 10 / 42 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop