図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
 流されてる。まずい、と思う。思うのに拒めずにいる自分が一番ばかだと思う。

「サイアク」

 深く息を吐く。どんよりと下がる自分のテンションと真逆の明るい曲が校庭から流れてきて、つい振り返る。 

 さっきジャージを着ていた。きっと今、校庭にいる。

 果たしてその通りで、整列する子どもたちの前、なにか指示している哲の姿があった。ぼうっと眺めながら、結局質問に答えてくれなかったな、と思う。どうして小説を書いてるの、という問い。充電なんて言ってたけど、もしかしてはぐらかされたんだろうか。
 もしそうなら、抱きしめることで質問をかわすなんてテクニックを持ってる男、やっぱり嫌いだ。

 哲が子どもたちになにか言いながら走り出す。赤いポールの置かれた場所まで走っていき、そのままUターン。
 ターンしたせいか、哲の走る軌道がぐにゃりと曲がる。足がもつれたように失速して、そのままうつぶせに転んだ。
「うわ」
 小さく声が出た。頭から転んだように見える。痛そ。

 せんせー、だいじょうぶー? 子どもの声が聞こえる。哲は起きあがらなかった。座っていた子どもたちが顔を見合わせ、声をあげて立ち上がる。まだ哲は動かない。ピクリともしない。後ろで様子を見ていた他の先生が、組んでいた両腕をほどいて近づいていく。わたしは窓枠に手をつけて身を乗り出した。

 転んだんじゃない。あれは。
 倒れたんだ。

 軽快な音楽と、駆け寄っていく先生たちの声――。
 ガンッ。
 勢い良く体を捻った拍子に、椅子のひとつに足をぶつけた。そんなこともほとんど意識してなかった。
 
 扉に手をかける。そのまま図書室を飛び出した。
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