図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
 ベッドに横たわる哲を見ていたまどか先生はこちらを振り向いて言った。
「過労ね。大丈夫、寝てるだけよ」
 腰に手をあてると、呆れたように笑う。
「すやすや眠っちゃって、まったく人騒がせねぇ」
 
 そうですか、と息を吐く。ベッド脇にあった丸い椅子を引き寄せて座りこむと、ぼんやりと哲を見た。

 わたしが駆けつけた時、先生と子どもたちに囲まれながら哲は倒れたまま動かなかった。突然現れたわたしに数人の子どもが振り返ったけど、そんなこと気にならなかった。てつ、と声を上げたわたし自身の声も、どこか遠かった。

「起きたら念のため車は使わないで帰って、栄養あるもの食べさせてあげなさい」
 まどか先生がふっくらした頬に笑みを浮かべて、どこか悪戯めいた目でわたしを見下ろす。

 食べさせてあげなさい? わたしが? しかもなんか、一緒に帰ること前提?
 ――勘違いされてる。

「あの、ちがいます。わたしべつに」
 首を横に振りながら中途半端に立ち上がると、
「あらだって」
 まどか先生のころころした笑い声が、真っ白なベッドカバーやカーテンに柔らかく響く。
「さっき泣きそうな顔してたわよ。大事な人の為じゃなきゃ、大人の女性は上靴で表に出ないでしょう」

 足元を見ると、校庭の泥がついた上靴が白い床を汚していた。自分がどんな状態で校庭に現れたのか思い返して、頬が熱くなる。

 大事なひと? 言葉が頭の中でカンと跳ね返る。
 そんなわけない、まさか。

 眠っている哲を見る。胸の辺りのシーツが、呼吸にあわせて規則正しく動いている。その動きを見たら、強張っていた肩の力がぬけていった。
 だけどこんな顔色の悪いひと、放っておくことはできない。一人にしておいたらきっとまた、ラーメンでも食べて机に向かう。倒れるまでずっと、その繰り返しだ。
 そうわかってるから、だから。

 自分の頭が吐き続け呟きがどこか、言い訳めいて聞こえる。
 結局哲が目覚めるまで、動くことができなかった。
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