図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
子どもの初恋
 鉛筆で、ぐしゃぐしゃと塗りつぶされているさとし君の顔。手に取った絵本を、まじまじと見つめる。
 ページを捲った跡や折れ跡のない、新品同然の絵本。だけど表紙は薄ら日に焼けていて、新しいものではないことがわかる。

「なんで……?」
 かすれた呟きが口から零れる。

 なんで、哲がこの絵本を持ってるんだろう。
 なんで、さとし君の顔は塗りつぶされてるんだろう。
 まるで、憎い相手みたいに。

「こっちにいたのか」
 声に振り返ると、哲が開けたドアに背をもたれて、わたしを見ていた。緩く微笑みながら尋ねる。
「いー匂い。なに作ってくれたの」
「あ、卵の雑炊を」
 答えながら立ち上がる。哲が視線をわたしから、手に持った絵本へと移した。
 驚いても、とまどってもなかった。少し困ったように眉を垂らして、薄く笑う。
「あの」
 絵本を握る手に力をこめると、哲は制するように片手を上げた。
「とりあえず、食お。亜沙子も食べてくだろ?」
 作ったら帰るつもりだった。のに、手の中にある絵本の重さが、心なしか憂いて見える哲の目がわたしを引きとめる。ぎこちなく、頷いていた。
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