図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
 とろりと艶のある卵雑炊を、お椀によそう。
「熱いから気をつけてくださいね」
「さんきゅ」
 言われた通りに雑炊をフーッフーッと冷ますしぐさがどこか幼くて、かわいく見えた。このひとをかわいいと思うなんて。頭のどこかで自分の思考に驚いてるのに、大部分ではそのことを流してもいた。

 わたしの隣の椅子に立てかけられた絵本。塗りつぶされたさとし君の顔が、頭から離れない。

「うまい」
 スプーンを咥えたまま、嬉しそうに笑う。その笑顔はやっぱりかわいく見えて、落ち着かない気もちをごまかすように座りなおした。少し片付けたダイニングテーブルに向かい合う。

「ごちそうさま」
 数分後、哲は食った食った、と言いながら椅子の背もたれに体を預けた。その顔色がさっきより良さそうでホッとする。
「料理上手だなー亜沙子」
「そうですか?」
 雑炊なんて、だれが作ってもそんなに変わらないと思う。
「うまいよ。うちのばあさんと同じくらい」
「お婆さん?」
 お母さんではなくて。反射的にそう思うと、哲が椅子に置かれた絵本に視線を向けた。
「その絵本さ」
「はい」
「作者、俺の親なんだ」
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