図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
「さとしくんとよるのがっこう」
ぱらり、と絵本の表紙をめくる。端が少し傷んで、ページがするすると捲りやすい。たくさんの子どもに読まれてきた証拠だ。ページをめくりながら、体育座りになってわたしの周りに座る子どもたちを見渡した。
「あるよるのことです。さとしくんのおへやに、いっつうのおてがみがとどきました」
定期的に開いている図書室での読み聞かせ。今日選んだのは、「さとしくんシリーズ」として子どもたちに人気の絵本だ。
ひとりぼっちで眠れない夜、さとしくんに一通の手紙が届く。開けてみるとそれは夜の小学校への招待状だった。行ってみると、そこにはいろんな生徒がいた。昼間はトイレに引きこもっている花子さんや、飼育小屋で寝てばかりのウサギに、なんでも知ってる学校池の亀爺。さとしくんはみんなと友だちになり、夢のような楽しい時間を過ごす。
わたしも子どもの頃に大好きだった本だ。ひとりぼっちのさとしくんと自分の姿が重なって、何度も読み返した。
「こうしてさとしくんに、おおぜいのおともだちができました」
ぱたりと絵本を閉じると、子どもたちが笑って手を叩く。立ち上がって担任の先生の近くに集まる子どもたちの中から、こちらにパタパタと走り寄っていた男の子がいた。
「ねぇ、つづき読まないの?」
「おもしろかった?」
男の子の目線に沿ってかがみこむと、嬉しそうに笑って頷く。男の子の名札には、ひらがなで「さとうりゅうき」と書かれている。
わたしはふふ、と笑ってりゅうき君の頭を撫でた。
「今日はここまで。でも他のさとし君のお話読みたかったら、今度図書室で借りてね」
そう言うと、りゅうき君は嬉しそうに大きく頷いた。
「はい教室帰りますよー」
担任の先生が子どもたちを集めて、図書室を出て行く。子どもたちの列の一番後ろの子が図書室を出ると、そこと入れ違いに小林先生が部屋へと入ってきた。片手にはなにやら用紙の束を抱えている。
「よう」
「……なんですか」
それまでの笑顔が消えて、しかめっ面へと変わる。小林先生はその変化を面白がるようにニヤリと笑った。
「あんな顔もできるのな」
「はい?」
意味がわからず眉根を寄せると、小林先生は空いてる方の片手をすっと伸ばした。
「えがお」
親指とひとさし指が、わたしの口元の両脇に触れた。
そのままムニッとつかまれて、口角をぐっと上に引き上げられる。
「笑ってた方がいーよ。いっつもガミガミしてるかイライラしてるかだもんな」
ハハッと快活に笑う。いちばん最初、職員室で挨拶したときのような。
えらく失礼なことを言われてるけど、それどころじゃなかった。あと一ミリで指先が唇に――脇だけど――触れてしまう。頬の下あたりを掴んでる指があったかい。いやちがう、あったかいとかじゃない、こんなことするから先生なんて職業のひとは世間からずれてるなんて言われるのだ最低痴漢やろ――。
「なんか顔赤くない?」
その一言でバッと後ろに飛びのく。
「そんなことないです」
言葉とは裏腹に、顔が熱くなっていくのがわかる。変な汗が出そうだ。
「そ? まいいや」
片手を離すと小林先生は用紙の束を抱えなおして、
「ちょっとさ、図書室貸して。やらなきゃいけないことあんだ」
了解を待たずにさっさといつもの席へと足を運ぶ。
「あ、ちょっと」
慌てるわたしにかまわず、小林先生は椅子に座ると用紙をどさりと机に置いた。一緒に持っていたらしい筆箱を取りだして、なにかを書き記していく。授業の準備だろうか。その横顔はいつもと違って、凛々しい、という言葉が似合うものだった。
ふぅん、と思って判断する。眠ってるわけじゃないし、追い出さなくてもいいだろう。そう思いなおすと、わたしは小林先生と離れた本棚の本を整理し始めた。
ぱらり、と絵本の表紙をめくる。端が少し傷んで、ページがするすると捲りやすい。たくさんの子どもに読まれてきた証拠だ。ページをめくりながら、体育座りになってわたしの周りに座る子どもたちを見渡した。
「あるよるのことです。さとしくんのおへやに、いっつうのおてがみがとどきました」
定期的に開いている図書室での読み聞かせ。今日選んだのは、「さとしくんシリーズ」として子どもたちに人気の絵本だ。
ひとりぼっちで眠れない夜、さとしくんに一通の手紙が届く。開けてみるとそれは夜の小学校への招待状だった。行ってみると、そこにはいろんな生徒がいた。昼間はトイレに引きこもっている花子さんや、飼育小屋で寝てばかりのウサギに、なんでも知ってる学校池の亀爺。さとしくんはみんなと友だちになり、夢のような楽しい時間を過ごす。
わたしも子どもの頃に大好きだった本だ。ひとりぼっちのさとしくんと自分の姿が重なって、何度も読み返した。
「こうしてさとしくんに、おおぜいのおともだちができました」
ぱたりと絵本を閉じると、子どもたちが笑って手を叩く。立ち上がって担任の先生の近くに集まる子どもたちの中から、こちらにパタパタと走り寄っていた男の子がいた。
「ねぇ、つづき読まないの?」
「おもしろかった?」
男の子の目線に沿ってかがみこむと、嬉しそうに笑って頷く。男の子の名札には、ひらがなで「さとうりゅうき」と書かれている。
わたしはふふ、と笑ってりゅうき君の頭を撫でた。
「今日はここまで。でも他のさとし君のお話読みたかったら、今度図書室で借りてね」
そう言うと、りゅうき君は嬉しそうに大きく頷いた。
「はい教室帰りますよー」
担任の先生が子どもたちを集めて、図書室を出て行く。子どもたちの列の一番後ろの子が図書室を出ると、そこと入れ違いに小林先生が部屋へと入ってきた。片手にはなにやら用紙の束を抱えている。
「よう」
「……なんですか」
それまでの笑顔が消えて、しかめっ面へと変わる。小林先生はその変化を面白がるようにニヤリと笑った。
「あんな顔もできるのな」
「はい?」
意味がわからず眉根を寄せると、小林先生は空いてる方の片手をすっと伸ばした。
「えがお」
親指とひとさし指が、わたしの口元の両脇に触れた。
そのままムニッとつかまれて、口角をぐっと上に引き上げられる。
「笑ってた方がいーよ。いっつもガミガミしてるかイライラしてるかだもんな」
ハハッと快活に笑う。いちばん最初、職員室で挨拶したときのような。
えらく失礼なことを言われてるけど、それどころじゃなかった。あと一ミリで指先が唇に――脇だけど――触れてしまう。頬の下あたりを掴んでる指があったかい。いやちがう、あったかいとかじゃない、こんなことするから先生なんて職業のひとは世間からずれてるなんて言われるのだ最低痴漢やろ――。
「なんか顔赤くない?」
その一言でバッと後ろに飛びのく。
「そんなことないです」
言葉とは裏腹に、顔が熱くなっていくのがわかる。変な汗が出そうだ。
「そ? まいいや」
片手を離すと小林先生は用紙の束を抱えなおして、
「ちょっとさ、図書室貸して。やらなきゃいけないことあんだ」
了解を待たずにさっさといつもの席へと足を運ぶ。
「あ、ちょっと」
慌てるわたしにかまわず、小林先生は椅子に座ると用紙をどさりと机に置いた。一緒に持っていたらしい筆箱を取りだして、なにかを書き記していく。授業の準備だろうか。その横顔はいつもと違って、凛々しい、という言葉が似合うものだった。
ふぅん、と思って判断する。眠ってるわけじゃないし、追い出さなくてもいいだろう。そう思いなおすと、わたしは小林先生と離れた本棚の本を整理し始めた。