図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
 先生いっけぇー!

 子どもたちの声がする。
 哲が図書室に向かって走っていく。振り回される腕とまっすぐな背中。わたしはぼうっと後ろ姿を見ていた。

「行かなくていいの?」
 振り返ると、まどか先生がニコニコ笑ってこちらを見ていた。
「え……」
 言われたことの意味がわからず口ごもると、まどか先生は丸く太い手でポンとわたしの肩を叩いた。
「亜沙子先生は司書さんなんだから。本を借りたい人がいたら、借してあげないとだめでしょう?」
 肩に置かれた手が、今度は背中を押す。けれどわたしは首を横に振っていた。

「できません」
 ダメなんです、まどか先生。だって、哲はわたしのことなんとも思ってない。
 小説のために近づいて、それなのにネタにさえならないと言われた。

 またじわりと瞼が熱くなる。こんなに簡単に泣けてしまう。全部全部、哲のせいだ。
「亜沙子先生」
 心配そうに眉を下げたまどか先生が口を開いた時、後ろから声がかかった。
「村田先生、図書室の鍵って空けてます?」
 振り返ると、運動会責任者の腕章を付けた副校長がいた。わたしはごまかすように目元に手をあてて応えた。
「いえ、空いてませんけど」
 基本的に出る時はいつも施錠していく。その鍵はいま職員室だ。
「やっぱりそうよねぇ」
 こちらの様子には気づかないようで、副校長は大丈夫かしらと頬に手をあてた。

「なにがですか?」
 まどか先生の質問に、副校長が答える。
「借りもの競争で使う予定の部屋って、予め鍵開けとくのよ。職員室は締めてるから鍵取りにいけないし。小林先生どうするつもりだったのかしら」
「どうするつもりって……?」
 呟いたわたしに、副校長が振り返って言った。

「借りもの競争の内容変えてくれって言ったの、小林先生なのよ」
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