図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
 職員室でやらなきゃいけないことがあると言って、まどか先生は出て行った。授業に戻ったさとし君もいなくなり、室内に二人きりになる。途端、小林は引っ込めていた足をだらりと伸ばしてニヤニヤと笑った。
「……なんですか」
「本は丁寧に扱おうね」
 わたしの口調を真似して繰り返す。あんた小学生か、と思うけど、怪我させてしまった以上強くは出られない。

 黙っていると、なぁ、と小林は言った。
「これさぁ、すげぇ痛い」
 やっぱヤな奴。
「……すみません」
 おもしろくない。けど、やっぱりわたしが悪かったんだろう。小さく言った言葉に拗ねたような声音が載ってしまう。小林は伸ばしてる足先を組むと、妙に機嫌良さそうにニヤニヤと笑った。

「悪いと思うなら、それなりに誠意をさ、見せてほしいんだよな」
「誠意?」
 カネ払えとでも言うんだろうか。眉根を寄せたわたしの顔を見て、小林は懸念を吹き飛ばすように片手をパタパタ振る。
「治療費とかそんなのいいからさ、お願いを一個聞いてほしいんだよ」
 お願い? 心の中で繰り返す。同時に、嫌な予感が高まった。

「俺さ、すっげ興味あるの。二十六歳の大人が、ハジメテを経験したらどうなるか? 次の話はぜひ亜沙子をモデルにしたいね」
 爽やかな笑顔で言われた、冗談としか思えない言葉に目を見張った。

 わたしが、官能小説のモデル?

 小学校の図書室でひっそりと日々を過ごしているわたしに、海で焼け死ねと言われるくらいありえないことを宣言される。

「ってことで、俺にイロイロ教えてよ。亜沙子先生」

 先生、と強調して小林はニヤッと笑う。細める目の奥には、獲物を目にした獣の油断ならない光があった。
 さっきとはべつの意味で、背中に冷や汗が流れ落ちた。
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