309.5号室の海
千秋くんの話によると、ここは蒼井さんがオーナーを務めるバーで、千秋くんは従業員として働いているらしい。
お店が出来た時期と蒼井さんが引っ越してきた時期が重なることに、この時はじめて気が付いた。
私が出勤する朝に帰ってきたり、夜に家を出ていくのも、この仕事なら合点がいく。
「おねーさんは、会社どこなの?」
「私は電車で3駅のところで、ここは最寄駅から家までの通り道だから気になってたの。あの、私、星野ゆりっていいます」
「ゆりさんね!へー、そうなんだ。おれさ、定休日以外はだいたいいるからよかったらまた来てよ!……いてっ」
千秋くんが頭を押さえる。
蒼井さんがペシッと叩いたのだ。
「だからお前は、馴れ馴れしすぎるだろ。星野さん、ほんと、こいつのことガン無視でいいから」
「あ、いえ。大丈夫ですよそんな」
「ほんと!?よかった!おれよく涼さんちに泊まったりしてるからさ、マンションでもまた会うかもね!……いって!」
「おーまーえーはー」
さっきより鈍いゴンッという音がして、千秋くんがうずくまった。
「……ふふっ」
相変わらず正反対のキャラで繰り広げられるやりとりに、堪えきれずに笑ってしまった。
なんだか、兄弟みたいだ。
「あー!ゆりさん笑うと可愛いね!」
「っ!?」
目を輝かせた千秋くんにそんなことを言われて、可愛いのはどっちだと心の中で突っ込む。