309.5号室の海
「あれだ。回覧板にこっそりお前の番号とアドレス仕込んでから渡しに行け」
「え……なんか気味悪くない?大丈夫?それ」
「それか、『おかず作りすぎちゃったんです〜』つって鍋持っていって、こけるふりして相手と自分にこぼせ」
「……真面目に考えてよ!」
テーブルをダンっと叩いて抗議すると、滝本は心底おもしろそうにゲラゲラ笑っている。
やっぱりこの男に相談したのは失敗だったかもしれない。
パスタを食べ終えて、アイスティーのストローを咥えながらそう思った。
「そういえば滝本は?違う部署の後輩と付き合ってすぐ別れたっていう噂、私の耳にも入ってきたけど」
何気なく尋ねると、滝本はあからさまに嫌そうな顔をしてため息をついた。
「それ、ガセだって。付き合ってねえし」
「え?あれ、そうなの?2週間ぐらいで別れたって聞いたから変だなーとは思ってたけど」
「あの女が自分で嘘の情報流しやがったんだよ。俺と付き合ってるってな。その部署の同期から聞いたから間違いない」
それは、なんとも迷惑な話だ。
だけど忘れていた。滝本はモテる。
口は悪いけど顔は男前だと思うし、口は悪いけど仕事も出来る。細身のスーツがよく似合うし、その着こなしもスマートだ。…口は、悪いけど。