309.5号室の海

「じゃあなおさら、せっかくだからゆっくり休んだほうがいいよ。また、お店に行ったときになにか料理頼むから、」

「違うよ、せっかくだから一緒にご飯食べるんじゃないの?ね、ほら」

「わわっ」


ひとつも曇りのない笑顔で、腕をがっしりと掴まれてしまった。
振り払うことが出来ないのは、滲み出る可愛さからなのか。わかってやってるとしたらかなり計算高いけど、そうじゃないんだろう、たぶん。


「……なにしてんの」


「あっ涼さん!おかえりなさい!」

「えっ!?」


声のした方を向くと、蒼井さんがコンビニの袋をぶら下げて立っていた。
Tシャツにスウェットという全力の部屋着姿が、なぜか似合う。
そしてその目線は、千秋くんに掴まれているところをじーっと見据えているような気がする。


「千秋。星野さん困ってる」

「ご飯に誘ってました!へへ、やっぱ馴れなれしいですか」

「違う。手、離せば?」


蒼井さんはそう言って、千秋くんの腕を持ち上げて私の腕から離させた。


「へっ。あ、ごめんねゆりさん」

「う、ううん」


なんだか妙にドキドキしながら蒼井さんの顔を見ると、いつもと何も変わらない。寝起きだからか、ちょっと髪の毛がぺたんこなぐらいで。

その横顔を見るだけで、ぎゅっと苦しくなるような甘い感覚が這い上がってくる。ずっと見ていたくなるほど、綺麗だ。
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