309.5号室の海
キッチンから「ふんふーん」と陽気なメロディーが聞こえてくる。
「へえ、星野さんって俺の2つ歳下だったんだ」
「そ、そのようですね」
お茶の入ったグラスが3つ置かれたテーブルの前で、私は極度の緊張の中、正座をしている。
「仕事は?」
「し、しがないOLです」
「しがないって」
向かい側には、蒼井さんがあぐらをかいて座っている。
手伝うと申し出たのを却下されて、料理が出てくるのをただ待っている状況だ。
BGMは、千秋くんの楽しそうな鼻歌。
「彼氏は?」
「!?おおおおりません!」
「え?意外。星野さん可愛いからてっきり」
わざとなのだろうか。
わざとさっきから、私の心臓を全力で潰しにかかってるのだろうか。
クールなお面を被ったとんでもない女たらしなのかもしれない。
「……蒼井さん」
「え?はい」
「あの、この前から思ってたんですけど、そういうの気をつかわないでください」
思い切ってそう告げると、蒼井さんはその顔をこっちに向けて、数回まばたきをした。
「そういうのって、なに」
「だからその、社交辞令的なやつです」
すると、綺麗な顔の中の目が驚いたように丸く見開かれて、軽く首を左右に振った。