309.5号室の海

「え」

「涼さんの隣から、出て行って?」


可愛い顔してなんて恐ろしいことを言うんだろうと思った。

やっぱりそうだ。この子は、蒼井さんのことが好きなんだろう。
同じ職場で働いてて、自分が1番蒼井さんと近い距離にいると思っていたのに、まさか隣に住んでる女が突然あらわれて、しかも仲良さそうに話してて焦ったんだろうか。

心配しなくても、家が隣なだけで全然まだまだ、近い距離になんていないんだけど。


「それはちょっと無理かな、私あのマンション気に入ってるし」

「好きなの?涼さんのこと。ねえ、違うの?」


これは困った。
この場所でそれを肯定する訳にはいかない。だけど否定もしたくない。
どう答えようかと思案していると、結局その無言を肯定だと受け取られたらしい。
ぐすっと鼻をすする音がしたと思ったら、カナちゃんは涙目になっていた。


「え?うそ、そっちタイプなの?待って待って、」

「……うぅ、ずるいよ、隣に住んでるなんて」

「ああー、泣かないで!ほらハンカチ!使って!」


本格的に泣き出しそうなカナちゃんを、なぜかオロオロした私が必死になだめるという、変な光景が出来上がった。
てっきり「はん!アンタなんかに取られるもんですか!」とか言われると思ってたので、この展開には驚いた。
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