309.5号室の海
その日、仕事が休みだった私は、お昼過ぎに近所のスーパーへ買い出しに行った。
ついつい買い込み過ぎて、両手に袋をぶら下げながら家まで帰っていると、マンションまでもう少しというところで急に荷物が軽くなった。
「買い物帰り?」
そう声をかけてきたのは、右手にコンビニの袋を持った蒼井さんだった。
このとき知ったのだが、職場から朝帰ってきてお昼過ぎまで寝て、起きたらコンビニへお昼ご飯を買いに行くというのが蒼井さんの日課らしい。
気が付けば、蒼井さんの左手にはスーパーの袋が握られていた。
「あ、こんにちは。ていうかごめんなさい、荷物大丈夫ですよ!」
「いや、どーせ帰るところ同じなんだから甘えたら?隣歩くのに持ってあげないほうが心苦しい」
思いがけず突然会えて、ただでさえ舞い上がっているというのに、「帰るところ同じなんだから」とかいうなんともテンションの上がることを言われて、にやけそうな顔を引き締めるのに必死になる。
同じところではないけど。
”ほぼ”同じところだけど。
「……すいません、ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
2人並んで家までの道のりを歩く。
こんなに幸せでいいのかな、一生分の運使い果たしてないかな、なんて考えながら、地面に落ちた影を見つめた。
「……あ、そういえば」
買い物袋をガサガサといわせながら、蒼井さんが口を開いた。