309.5号室の海

「星野さん、千秋のこと好きだよね」

「……はい?」

「いや、千秋の話するときいつも楽しそうだし」


確かに千秋くんは可愛いし賑やかだし、よく話しかけてくれるけれども。
蒼井さんの言ってる”好き”ってどういう意味だろう。


「どっちかというと、もちろん好きですけど」

「……」

「……?」


私の顔を見たまま、何かを待っているような蒼井さん。
なんだろう、と考えていると、蒼井さんが首を傾げてこう言った。


「千秋のこと?」

「?……好きですけど」

「カナのことは?」

「ええと、まあ、好きですかね」

「マンションの掃除のおばちゃんは?」

「え?ああ、あの気さくな人ですか?どっちかといえば、好きですよ」

「じゃあ、俺のことは?」

「はあ、好きで………って、!?」


危うく、ソファーから落ちそうになった。

どさくさにまぎれて、なんてことを聞いてくれるんだこの人は。
いや、きっと特に意味もなく、他の人と同じように好きかどうか聞いてきただけだ。それだけそれだけ。
蒼井さんのときだけ過剰に反応してる私が、おかしいだけ。

……視線を感じる。
これは、待たれている。


「……す、好き、ですよ?」


こんなにドキドキしてたら、聞こえてしまう。顔が熱い。海に飛び込みたい。ああでも、今そんなことしたら溺れそう。


「よかった」


小さく呟いた声。

よかった?何が、どうよかった?
聞けない自分がもどかしい。
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