309.5号室の海
「田中さんは、本気で滝本のこと好きなんだね。ちょっと頑張る方向は間違えてるかもしれないけど、どんな手を使ってでも振り向かせたいって感じがして、応援したくなるかも」
「……やめろって。なんでお前があいつに同情してんだよ」
滝本は少し不機嫌そうに、自分の分のコーヒーを淹れはじめた。それを見て、もうすっかり見慣れた滝本のカップを棚から出した。
「同情ってわけじゃない。滝本にその気がないなら、きっぱり断ってあげるのも手だと思うけど?」
「あー……めんどくせー」
頭をガリガリしながら、コーヒーメーカーを眺める滝本。2人分淹れておけばよかった。
「あ、そうだ。お前さ、今度の金曜ヒマ?久しぶりに飲みに行かねえ?」
「行く行く!金曜日……空いてる!滝本のおごり?」
「はあ?誰が。最近、行ってみたい店があるんだよ。一緒に行くか」
出来上がったコーヒーをカップに注ぎながら、機嫌がなおったらしい。ちょっとだけ笑ってそう言った。
お昼休憩を共にすることはたまにあるけど、滝本と飲みに行くのは久しぶりだった。
「楽しみにしてるー」
「おー。あ、それと」
カップを片手に、給湯室のドアを開けた滝本が、こっちを振り向かないまま口を開いた。
「……案外、嘘じゃない噂もあったりしてな」
そう言って、目の前のドアが閉まった。
1人残された私は、とりあえずコーヒーを一口飲んだ。
「……どの噂?」