309.5号室の海
***
「え、うそ、ここ?」
「ちょっと前に出来たとき、雑誌に載ってんの見て気になってたんだよなー」
開いた口がふさがらない。まさにそんな心境だ。
滝本が連れてきてくれたお店は、まさかまさかの、蒼井さんのバーだった。
ちょっと、嫌な予感はしていたのだ。
会社の近くじゃなくて電車に乗って、ここの最寄り駅で降りたときに。
だけど、まさかとは思ったものの本当にここに辿り着くとは思わなかった。
「……ごめん滝本、私ここ来たことある」
「え?まじかよ!お前、誘えよー!」
そういえば滝本には、蒼井さんの話はしたものの、隣の家の人としか言ってなかった。
どうしよう、とりあえず蒼井さんが私の好きな人で隣の家の人だってことは、気付かれないほうがいいのかも。
ぐるぐる考えている間に、滝本はお店のドアを躊躇いなく開けていた。
カランカランと音が鳴って、もうすっかり馴染みのある空間が目に入った。
いや、ちょっと待って。
ただの同期とはいえ、男と2人でこんなところに来たら、色々とややこしいことになる気がする。
もちろん、蒼井さんになにか誤解されても困るし、それよりも……。
「いらっしゃ……ゆりさんーーー!!」
ああ、やっぱり。
がばっと抱きつかれそうな勢いで寄ってきた千秋くんを見て、滝本が目を丸くしているのがわかる。
カウンターに目をやると、千秋くんの声に導かれるようにしてこっちを見ている、蒼井さんと、カナちゃん。
皆さん、今日もお揃いで……。