309.5号室の海
このお店に通うようになって初めて、カウンター席じゃなくてテーブル席に座った。
1人でしか来たことがなかったから、当然といえば当然なのだけど。
「ゆりさんはサングリアね。おにーさんは、どうしますか?」
千秋くんはニコニコと、いつもと変わらない様子でオーダーを取ってくれた。
なんとなく、カウンターの方を見ることが出来なくて、握りしめた自分の手を見下ろした。
「なに、お前懐かれすぎじゃね?そんな通ってんの?」
「まあ、家からも近いし、ちょくちょく来るかな……」
「ふーん。あ、わり、会社から電話だ。ちょっと出てくる」
携帯をポケットから取り出した滝本が、慌てたようにお店の外へと出て行った。
それを見計らったかのように、千秋くんが話しかけてきた。
「ゆりさん、誰?」
「あ、えっと、会社の同期。ここに来てみたかったらしくて」
「へえー!…いった!」
千秋くんが急に頭を押さえて叫んだ。
後ろから顔を出したのは、カナちゃんだ。
「ちょっと千秋どいて。向こう行ってて」
「え〜ひどい!まいいや、ドリンク持ってくるねー!」
千秋くんが遠ざかったのを見届けてから、カナちゃんは小声で言った。
「……どういうつもり?」
「ごめん、私も予想外のことで、テンパってる」
「ライバル、やめる?」
「待って待って!やめないから!」
納得いかないという顔で腕を組んで、私の顔をじっと見つめてくる。
そのときドアが開く音が聞こえて、滝本が席に戻ってきた。