309.5号室の海

「うお、金曜日の酒が1番うまい」

「間違いないねー」


1週間分の疲れを癒すように、アルコールが全身にまわる。
場所がここでさえなければ、このひとときは大好物だ。


「で、最近どーなんだよ」

「どうって……、いや、そっちこそどーなんだよ」

「真似すんな下手くそ」


たぶん、”隣の家の人”のことを聞いてきてるんだろう。
だけど場所が悪い。悪過ぎる。

誰にも聞こえないように、少しだけ身を乗り出して滝本に近付いた。


「なんか、たくさん話せるようになってきたかも」

「おお、成長」


喜んでくれているのかいないのか、にこりともせずにビールを飲む滝本。
あまり、何を考えてるのかわからない。


「もしや、お互いの家行き来したり、」

「1回だけ。別に季節はずれのものは降らなかったよ」

「まじか。お前それもう秒読みなんじゃねえの」


短期間での急接近に驚いているようだ。
無理もない、私だって自分で驚いてるんだから。
前髪を整えるフリして、そっとおでこに触れてみる。顔、赤くなってないといいけど。


「変に期待したら、駄目だったときに一撃で倒れるから」

「そのときは俺がなぐさめてやるって」


滝本はそう言って、ニカッと歯を見せて笑った。
本気なのか冗談なのか、仕事以外でも頼もしい男だと思った。

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