309.5号室の海
◇◇◇5.
「———ということだから。これは星野にとっても大きなチャンスになる。前向きに検討してみてくれ」
「……わかりました」
出社して早々、役員室に呼ばれたと思ったら、転勤の話をされた。
滝本が言っていたとおり、異例の出世コースだ。期間はとりあえず1年、問題なければそのまま3年。
問題なければ、というのは、妊娠出産がなければ、ということを意味している。
話を受ければ、1ヶ月半後、再来月の頭には私はここにいない。
「1週間後、返事を聞こう」
「ではまた、そのときに伺います」
頭を下げてから部屋を出た。
ドアを閉めて、長く息を吐き出す。
目を閉じて、冷静に冷静にと言い聞かせてから、ゆっくり目を開けた。
考えなければ。
1週間、じっくりと。
だけど頭の中には、色んな感情が渦巻いていて、とても集中なんて出来そうになかった。