309.5号室の海
「……なーんちゃって!」
「……へ?いたっ!」
肩をバシバシと叩かれた。
さっきまでの雰囲気はどこへやら。木佐貫さんはニコッと笑って、明るい声で言った。
「嘘だよ、迷う気持ちわかる。決められないよね」
「え、あの」
「仕事も大事だけどさ、幸せになりたいよね。女だもんね」
「!」
幸せになりたい。
漠然と考えていた胸の中のわだかまりが、はっきりと正体を現したような気がした。
「好きにしたらいいよ。星野が決めたことは、星野自信が正しいと思えたらそれでいいんだから」
「木佐貫さん……」
どれが正しいのかわからない、正しいほうがどっちかわからない。
そんなことばかり考えていたけど、そうじゃないんだ。
どっちを選んでも、きっと正しい。正しく出来る。自分次第で。
「木佐貫さんが、神様に見えます」
「やだ、今更気付いたのー?」
少し、気持ちが軽くなったような気がする。
あと1週間あるんだ。その間に、正しくする準備をすればいい。
手のひらに残った爪のあとは、きっとすぐに消えてくれる。