309.5号室の海

***


ピンポーン。

夜の9時にチャイムが鳴った。
こんな時間に来客なんて珍しい。ボタンを押して外の様子をモニターに表示させると、よく知った顔がうつっていた。


「はい、どうしたの?」

「えへへー、遊びに来ちゃった!」


鍵を開けて、家の中へと千秋くんを招き入れた。そういえば、千秋くんがうちに来るのは初めてだ。

千秋くんは遊びに来たと言ったわりには、玄関に立ったまま、靴を脱ごうとしない。


「?そんなところに立ってないで入ったら?」

「え、ゆりさんってさ、いつもこうなの?」

「こうって?」


首を傾げて聞き返すと、千秋くんは困ったように笑いながら「ま、いっか」と靴を脱いだ。


「急にどうしたの?仕事は?」

「今日はおれは遅番で、12時からの出勤!だからそれまでに、涼さんの家でご飯作っといてって頼まれたんだよ!」


ほら、と言って千秋くんが掲げたのは、おそらく蒼井さんの家の合鍵。
確かに、仕事から疲れて帰ってきたときに、千秋くんの手料理が用意されていたらどんなに嬉しいだろう。
想像して、思わず頬が緩んだ。


「で、あとは仕上げるだけのとこまで作ってきたから、時間あるしゆりさんヒマなら遊びに行こっかなって」

「あはは、千秋くんなら大歓迎だよー」


テーブルの上にコーヒーを2つ用意すると、千秋くんが「ありがとー!」と言った。
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