309.5号室の海
「すごい、ほんとに隣の家なんだ!偶然ってすごいね!」
「そうだね。ここに住んでなかったら、あのお店にも行くことなかったかもしれないし」
「そしたら、一生関わることない赤の他人だったのかな。おれもカナも、ゆりさんのこと知らないままで」
明るい金髪が、部屋の電気の光を受けてキラキラと光る。
上手にセットされて、間からのぞくおでこが、子供と大人の境い目を感じさせるようだった。
「千秋くんは、なんで今の仕事を選んだの?蒼井さんに誘われたんだっけ」
「うん!涼さんはね、地元の先輩なんだー」
まるで当時を思い出して懐かしむように目を細めて、千秋くんは優しく微笑んだ。
「おれ、中学のときちょっと荒れててね」
「…え」
「もうこれは学校追い出されるだろってとこまできたときがあってね」
「……えっ」
千秋くんの学生時代にとても興味がわいた。今度写真でも見せてもらおうと、ひそかに企む。
「そのときに、涼さんと初めて喋ったんだ」
かっこよかったなあーー…。
千秋くんは、そう言って照れくさそうに頭をかいた。
———
当時、蒼井さんと千秋くんは特に接点がなかったらしい。
千秋くんはいわゆる問題児だったらしく、その容姿もあって地元ではちょっとした有名人だったらしい。
同じく当時、地元で有名人だったのが、蒼井さんらしい。ただ、理由は千秋くんとはまったく違って、”すごくモテるのに誰とも付き合わない美形男子”みたいな感じだったとか。