309.5号室の海

「……ゆりさんはさ、今の仕事、すき?」

「え……」


いつもの、明るくて元気で少し高い声とは違って、落ち着いた声でそう尋ねてきた千秋くんは、どうしてかとても大人びて見えた。


「やりがいある?向上心とか、もらえるお金以上の価値を、感じる?」


どくどくと鼓動が早くなった。
普段、こういう話題とは正反対の位置にいる人が真剣な話をすると、変に緊張する。
何も気にしてないフリして、実は色々と見透かされているのかとか、私よりもずっと大人なのかもしれないとか、余計なことを考えてしまう。

特に返事を期待してなかったのか、千秋くんは私の言葉を待たずに、目を背けた。


「おれはねえ、今すっごい幸せ。充実してる。昔の自分が嘘みたいに」


ちらっと蒼井さんの家の方向を見て、その言葉どおり幸せそうな顔をして千秋くんは笑った。

聞かれてもいないのに、自分はどうだろう、と答えを探した。


「涼さんが今の夢を叶えるために、どれだけ努力して苦労したか、おれ知ってるよ。だからこそ、その場所に誘ってもらえたこと、むちゃくちゃ嬉しい」

「……うん」

「あの人は、ほんとすごい人なんだ。ほら、涼さんって基本無表情じゃん?誰に何言われても、自分が人と違ってても、動じないってゆーの?」


初めて蒼井さんと会ってからのことを思い出す。
少しずつ打ち解けてはきたものの、少しの笑顔ですらレアだと思ってしまう程度には、千秋くんの意見に賛成だ。
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