309.5号室の海
それから、お店には行かなくなった。
仕事帰り、前を通り過ぎるときは、なるべく中を覗き込まないようにした。
まっすぐ家に帰って、必死で部屋を片付けた。
ずっと1人で住んでいたので、特別物が多いわけではなかったけど、隣の家のことを思うと何度も手は止まった。
ダンボールを組み立てるときに、ぼーっとしていて手を切った。
まだ使う服やタオルを詰めた箱を、間違えてガムテープで封をしてしまった。
食器類に手を付けたら、1枚お皿を落として割った。
だけど、どれだけ上手くいかなくても、選んだものを間違いだと思うことはなかった。
仕事と家との往復だけをする毎日。
休みの日も、昼過ぎには家から出ずに、出掛ける用事は午前中か夕方以降にするようにした。
会社での引き継ぎ業務は滞りなく進み、木佐貫さんや滝本の協力あって、余裕を持って準備が出来た。
送別会はいつがいいか、本社への不安はないか、随分助けられたように思う。
そうして、出発まで残り1週間を切った頃、さあどうするかと残った問題について考えていた。
家のチャイムが鳴ったのは、土曜日のお昼頃のことだった。