309.5号室の海
「私も、好きです…!」
「うん。じゃないと困る」
蒼井さんが、嬉しそうに笑った。
それを見て、私も嬉しくなって笑った。
止まらない涙を流しながら笑うなんて、どうかしてる。
「行くな、なんて言えない。星野さん、自分の仕事好きでしょ?」
「あ…」
「そうやって頑張ってる星野さんだから、好きなんだし。悔しいけど」
誠実で、ありたいと思ったんだ。
蒼井さんの、仕事に対する意識とか、努力してきたこととか、千秋くんと話してすごく感じたし、何より蒼井さんは、本当にまっすぐな人だから。
だから私も、蒼井さんと並びたいと思った。
蒼井さんへの気持ちを理由に、転勤を断るなんて出来なかった。それは蒼井さんに、それから自分にも失礼で不誠実だから。
精一杯頑張って、そのあとでもう一度向き合うつもりだった。
そんな私を、蒼井さんは受け止めてくれたみたいだ。
「星野さん、こっち向いて。俺の目見て」
そう促されて、蒼井さんの目をまっすぐに見つめ返した。
涙が邪魔だ。キツくまばたきをして、溜まった涙を下に落とした。
蒼井さんへの想いが、波のように次々と押し寄せてくる。
たまらない気持ちになって、思わず胸に手を当てた。
「……いー顔してる」
さっきよりもっと、2人の距離は近くなる。
目を閉じた瞬間、蒼井さんの優しいキスが降りてきた。