309.5号室の海
お店の外で解散となり、それぞれが帰っていく。
私も帰ろうと、駅の方向に歩き出したとき、名前を呼ばれて立ち止まった。
「ちょっと、いいか?」
「滝本。どうしたの」
「話がある。そこ、寄ってこーぜ」
滝本が指さしたのは、近くにある小さな公園だった。
自動販売機で缶コーヒーを買ってから、滑り台の隣にあるベンチに並んで座った。
お酒でほてった体に、夜風がちょうどよくて気持ちいい。
缶を握りしめて空を見上げると、月が雲で隠れていた。
しばらくそうして座っていた。先に口を開いたのは、滝本だった。
「あ、のさ。俺、お前と1番仕事してたと思うんだよ」
「あー、そうかもね。同期だし同じ部署だし、特に初めの頃は何かと一括りにされてたなあ」
「お前だったらこれはこうするなとか、あれは修正かけるなとか、大体わかったしな」
お互いに、信頼し合っていた。
信用してたし、頼りにしてた。
滝本だから大丈夫だとか、根拠のない自信みたいなものがあって、それは滝本も同じだったらしい。
「…落ち込んでるなとか、そういうことも段々手に取るようにわかるようになって、寝不足の日も、浮かれてる日も、気付くようになっていった」
「うん、よく見てくれてたよね」
「だから、知らないうちに、お前と1番近いのは俺で、お前のこと1番よく知ってるのは俺だ、って思い込んでた」