309.5号室の海
一際強い風が吹いて、一瞬目をつぶった。
滝本の髪が風に流されて、少し俯いた顔が見えなくなった。
「でも違った。お前は知らないうちに、どんどん遠くに行ってた。引き留めたくても、俺はただの同期でしかなかった」
滝本の、こんなに弱々しい声は初めて聞いた。
口が悪くて、遠慮なくズケズケ物を言うこの男が、こんなに辛そうに喋るなんて。
私がそうさせているのかと思うと、胸を潰されるような気持ちになった。
「……好きだったんだ、ずっと。お前のこと、誰よりも」
「……」
「側にいたかった。俺が支えてやりたかった。誰にも、渡したくなかった」
与えられる言葉に込められた大きな想いが、次から次へと流れ込んでくる。
今まで、一体どんな気持ちで側にいてくれたんだろう。話を聞いてくれたんだろう。相談に乗ってくれたんだろう。
自分がしてきた数々の迷惑を考えれば考えるほど、滝本の辛さがわかって胸がえぐられるようだった。
「馬鹿みたいだよな。……安心しきってたんだ、今までの距離感に。”同期”って立場に寄っかかってたら、近い位置に居続けられるし口実になる。変に気持ち伝えて気まずくなるよりは、とりあえずいっかなって甘えてた」
「たきもと、」
「取られたくないなら、それじゃ駄目だって知ってたのにな。ほんと、だせぇ」
俯いた顔に手を当てた滝本は、こっちを見ようとしない。
どうして私が泣きたくなるんだ。
そんな資格、ないのに。