309.5号室の海
「でも、もういい。結局俺は、お前に幸せになってほしいし。無理に奪おうとかいう気持ちもない」
「え……」
そこでようやく滝本は顔を上げて、私と目を合わせた。
「言っただろ?浮かれてんのとか、俺にはバレてんだよ。上手くいったんだよな。オメデト」
そう言ってくれた笑顔は、すぐに無理して作られたものだとわかった。
私だって同じように、滝本のことなら大概わかってしまうのだ。
「……私にとっても、1番近かったよ」
「なんだよ、別に慰めとか、」
「1番理解してたよ。滝本のことよく知ってる。だから今、泣きそうなこともわかる」
滝本の顔から笑顔が消えた。
代わりに、まっすぐ私を見つめる真剣な目。
「支えられてた。こんなにも成長出来た。滝本が同期で、ほんとにほんとによかった。こんなに心強い仲間は他にいないって心から思う。だから、」
泣かないように、空を見上げた。
雲に隠されてたはずの月が姿を見せて、綺麗に浮かんでいた。
「……ありがとう」
上手く笑えたかはわからない。
ちょっと声も上ずってたかもしれない。
それでも滝本は、1度顔をくしゃっと歪めたあと、私がよく知ってる表情を見せてくれた。
誰よりも男らしくて、頼り甲斐のある、自慢の同期の、笑顔だった。