309.5号室の海

***


金曜日の夜。

少しの残業を終えて、会社を出たのが午後7時頃だった。


明日は休みだ。
朝から洗濯まわして掃除機かけて、天気よかったら布団干して、どこかに買い物でも行こうかと、頭の中で予定を組み立てながらの帰り道。

ふと思いついて、家の近くに最近出来たバーの前で足を止めた。オシャレな外見で、いつか来てみたいと思っていた場所だ。

…なんだかものすごく、お酒を飲みたい気分かもしれない。


温かみのある木製の”OPEN”と書かれた看板に誘われるように、フラフラと入り口のドアに手をかけた。

カランカランという心地の良い音が響く。そのすぐあとに、いらっしゃいませという店員の声がした。

中を覗くと、ほんのり暖色系の間接照明がよく似合う、落ち着いた雰囲気だった。
カウンター席、テーブル席、ソファー席、それぞれに人が腰かけている。

1人なので、カウンター席の1番奥にひっそりと座って、店内を見渡した。
所々に置かれた植物の色が、木を基調とした空間によく合っている。


「こんばんは、何にしましょうか」


ハッとカウンターの中を見ると、若い女の子の店員がニコニコとこちらを見ていた。


「えっと……じゃあ、サングリアを……」

「かしこまりました」


女の子がカウンターの奥の扉の向こうになにか声をかけた。すると、1人の男の子がそこからカウンター内に姿を見せた。


「……あっれー!?おねーさん、こないだの!」


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