309.5号室の海

静かなバーに場違いな声が響いたと思ったら、その声は聞き覚えのあるものだった。


「…あ!えっと、赤尾くん?だっけ」

「そうそう!マンションの下で握手したの覚えてる?わーすごい偶然だね!あ、おれのことは千秋って呼んでよ!」


相変わらずキラキラとした笑顔で近寄ってくる姿に、驚いたもののすぐに微笑ましい気持ちになった。


「おれ、ここで働いてんの!あ、サングリアだよね?ちょっと待ってて!」


そう言って、私には名称もわからない器具を使っていく赤尾く…、千秋くん。
まさかここで千秋くんが働いているとは。すごい偶然もあるものだ。

……ん?あれ?
千秋くんがここにいるということは…。


「はい、お待たせ!おれ結構うまいから美味しいよ!」

「あ、ありがとう。ねえ、この前、同じ職場だって言ってたよね?その、蒼井さんと……」

「うん。涼さんなら向こうでお客さんに捕まってるよ。あ、戻ってきた。おーい涼さん、こっちこっち!」

「あ、いや、呼ばなくていい…!」


慌ててそう言ったものの、千秋くんには何を言ってもたぶん無駄だろう。
後ろを振り返ると、カウンターの中へと戻ってくる蒼井さんの姿が見えた。


「ちーあーき。でかい声出すなって何回言えば、」


瞬間、バチッとしっかり目が合ってしまい、恥ずかしくて身を縮こませた。

「こ、こんばんは」

「……あれ、星野さん」

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