君じゃなきゃ
いつものバーに着いて扉を開ける前、私は深呼吸した。

どうか、素直な本当の自分を彼に見せられますように。

そして、私の気持ちを伝えられますように。

…………ダメだったら…………仕方ない!……それは、……ね。

もう、このまま隠し続けるよりは……!



扉を開ける。


薄暗い店内にはオレンジ色の柔らかい灯りがともっている。
カウンターしかないこの店は私と拓海の馴染みの店だ。

そしていつもの席に拓海がいた。

拓海は私が来たのを見つけて、笑顔で手招きする。

そういう仕草を見るのも、もしかしたら今日で最後になるのかな……

私は軽く深呼吸して拓海の方へ歩み寄った。

「真沙、おつかれ。先、飲んでたよ。真沙いつもの?」

「あ、うん。いつもの。」

そう言って私は拓海の横のイスに座った。

心臓の音が半端ない……!落ち着け落ち着け……!
とにかくまずはいつも通りにして……。

私の前にいつものフルーツビールが置かれた。

拓海とグラスを合わせた。

落ち着け、落ち着け、……喉を潤さなきゃ……。

私はごくごくと思いの外、勢いよくグラスを空けてしまった……!

「おっ、真沙ー。今日は格別に飲みっぷりがいいねー! マスター、もう一杯同じのお願いします。」

拓海が気を利かせてもう一杯頼んでくれた。

「真沙ー、俺ほんとついてないよ。実はこの間知り合った奴なんだけど、これがまたひどく自分勝手な女で困ってて。」

拓海の話が始まった。
私はへー、とか、ふーん、とかいつものように相槌を打っていたが、今日は全く拓海の話が頭に入ってこない……。

いつ本当の自分を見せるのか。
どうやって見せるのか。
本当に見せてしまっていいのか。
拓海は私のことどう思うのだろうか。
こんなダサい私を本当に見せてしまって大丈夫なのか。


そんなことばかりぐるぐるぐるぐる頭の中で考えていた。
緊張と不安に押し潰されそうで、お酒を飲み続けた。





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