映画みたいな恋をして

「卵のボイルはきっかり3分半。それ以上でも以下でも あかん」


キッチンに入ってきた吾郎は腰に手をあてて、得意げに私にレクチャーをした。
私は大きくため息をついた後で、タイマーをきっかり3分半にセットしてから鍋を火をかけた。


「で、薄めにスライスした食パンはよーく焼くのよね?でも黒く焦がしてはいけない」
「ようわかってるやないか。偉い偉い。あとコーヒーはブラックで・・・」
「牛乳はグラスで。それから4分の1に切ったオレンジ、でしょ?」
「せや。さすが真奈(まな)完っ璧!」



吾郎は 愛してるで、と私を背中からぎゅっと抱きしめて頬にキスをした。



最近、吾郎はジェームズ・ボンドにはまっている。
ジェームズ・ボンドとは・・・
英国の秘密情報部員、いわゆるスパイでコードネームは「007」
言わずと知れた あまりにも有名なあの映画、007シリーズの主人公である。 
吾郎曰く、007はゼロゼロセブン、にあらず。ダブロォーセブンと読む(呼ぶ)べし!だそうだ。
以前、007をゼロゼロセブンと読んだ時に、これだから素人は・・・とため息を吐かれてしまった。
私は読み方など正直どうでもいいのだけれど、そういうことを言うとまた面倒くさいので
素直に従っておくことにした。こちらに実害のないことに頑なに反発したり拒むのは得策じゃない。
どうしても我慢できない嫌な事でない限り、多少面倒でも相手に合わせたり譲ったりすることは
良好な関係を続けていくためには必要なことだ。
というよりも・・・何より彼が好きだからいいか、って気持ちになる。
ハイハイよしよしって叶えてあげたくなるのだ。
年上の余裕ってやつかもしれない。吾郎は可愛い年下の彼氏なのだ。



閑話休題。先のレシピは、どの映画で観たのかは知らないけれど
007ことジェームズ・ボンドがベッドで摂った朝食のメニューなのだそうだ。
特にこの3分半のボイルドエッグとやら。
要は固まるか固まらないかの不安定な状態のゆで卵で
温泉卵に殻がついているという感じだろうか?
ちょんちょんとタマゴの先を割ってスプーンですくっていただくのだとか。
これがあの有名な「ドライマティーニをシェイクで」というジェームズのお気に入りと同様に
彼が拘る一品なのだという。



全く、そんな事をどこで調べてきたのやら・・・
吾郎はこういう事にかけては本当に熱心だ。いつも感心する。



「よしよし。いい感じにできたやないか~。運ぼ運ぼ。ベッドへ運ぼ~♪」
「ちょっと!お布団にこぼさないでよ?!」
「わかってるって~~」








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