映画みたいな恋をして
先週の金曜日、吾郎は『007』シリーズの映画を何本かレンタルして
夕方、私の部屋へ来た。その週末は珍しく部活もお休みとのことだったので
久しぶりにのんびり夜更かしでもしようか?ということになったのだった。
吾郎は大学のテニス部に所属している。関東大学リーグでは常にベスト4に入る強豪なので
部活はほぼ毎日行われている。一応、毎週火曜日は休息日になってはいるものの
自主練をする者も少なくない。それを見ると我も我もと自主練に参加をしだすのが強豪たる所以。
結果的に休みはないに等しい状況だ。



「何でまた007なの?」
「昨日、テレビで放送してたんが007の映画でなぁ」
「あ~ あの新しく007役に抜擢された俳優さんのヤツね」
「おう。それそれ!もうな、めっちゃカッコ良かったわ~」
「へえ。意外。同じスパイならトムクルーズのMIシリーズかと思ったけど」
「あれも悪くないけどな。やっぱ007や。ダンディやしなぁ。色気もあるし。男はやっぱりああでないと」
「ふーん。私は同じ007なら初代のボンドね。ショーンコネリー」
「ま、渋好みな真奈ならそうくるやろうと思って借りてきてるんや。初代007の映画」
「あらま。ホントだ」




さっそく見よか、と鼻歌交じりに本当に嬉しそうに私の手を引いてソファに座ると、DVDを再生した。
1本目は映画そのものの古さが返って新鮮で結構見入ってしまった。
2本目はレトロな匂いのするBGMやファッションにも注目して楽しんだ。
小腹が空いてきたので軽く夜食を摂った後で
3本目をプレーヤーにセットする頃にはもうとっくに日付も変わってしまって 
さすがに眠くなってきた私は、映画が佳境に入った頃
吾郎の肩を借りてウトウトしてしまった。
そしてそのウトウトが すやすや に変わろうかという時だった。
不意に体がふわっと浮き上がるような感覚に、更に深く沈もうとしていた意識が引き戻された。
ふわふわと宙に浮いているような、この何とも言えない揺れ心地は
おそらく吾郎が私を抱えて歩いているのだろう。
その揺れが止まり、代わりに柔らかくまとわり付いてくる
ひんやりとしたシーツの感触で一瞬目が覚めかけた。



「真奈」
「ん・・・?なに?」
「目 覚まして・・・ 真奈」



耳元で囁くように私を呼ぶ吾郎の甘い声に身体の芯が痺れるようだった。
でもその魅惑の声も睡魔の誘惑には勝てなかった。



「ん・・・ダメ。ねむぅぃ・・」
「あかんて。ラストシーンはヒロインとの甘いシーンなんやで」
「・・・なんの はなしぃ?」
「ちょぉ 真奈、寝たらアカンって。ボンドガールが寝たら話にならんわ」
「なぁ・・・にぃ?」
「真奈ちゃーん! おーい、ま~な~」



何か言っている吾郎の声がだんだんと遠ざかっていった。
もう瞼を持ち上げる力も無く意識がストンと沈むように無くなった。

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