それでも僕が憶えているから

わたしはあわててソファの端まで後ずさり、目を白黒させた。


「あんた、いつのまに」

「５分ほど前だ。お前が蒼につられて、マヌケ面で居眠りし始めてからな」

「そ、そうなんだ……」


いつもの憎まれ口にも、とっさに反論が出てこない。
肩に残る温もりを確かめるように、そっと手のひらで触れながら、小さく深呼吸をした。

……びっくりした。
いつのまにかホタルがいたことよりも、こいつの温もりを心地いいと感じてしまったことに、びっくりした。

落ち着け、あれは蒼ちゃんの体温だ。
別にホタルだからってわけじゃない。
なのに何をうろたえているの……。


「行くぞ」


狼狽するわたしをよそに、ホタルがすっくと立ち上がった。


「え、行くって？　まさか」


恐々とたずねると、ふり向いた彼がニヤリと悪い顔をする。


「せっかくタダで東京に来たんだぞ。こんな棚ぼた、見逃すバカがどこにいる」


なんとまあ、抜け目のないやつだ。