それでも僕が憶えているから
男性は川口先生といって、母校であるこの高校で体育を教えているらしい。
水原香澄さんとは高3のときに同じクラスだったと、クーラーのよくきいた職員室で教えてくれた。
「とにかく美人だったからよく覚えてるよ。俺のダチも何人フラれたっけな」
競馬新聞を広げた机に肘をつき、なつかしそうに話す川口先生。
わたしは近くにあった椅子を借りて座り、ホタルはちょっと離れた位置で、壁にもたれて立ったまま聞いている。
「でも水原は、彼氏どころか友達も作らないタイプだったんだ。一匹狼タイプの、ちょっと影のある子でさ。
学校で飼ってる動物とか花の世話とかはよくしてたけど、人間とは壁を作ってる部分があったな」
「じゃあ、卒業後に水原さんと交流のあった人は」
「正直いないと思う。未婚で子どもを産んだのは噂になってたけど、水原本人の口から聞いたやつはいないんじゃねえかな」
望み薄、か……。
肩を落としたわたしに、先生が「まあまあ」と言った。
「まだ完璧ゼロと決まったわけじゃねえから。他のやつらにも聞いてみるよ」