それでも僕が憶えているから
目をぱちぱちさせて時計を確認した蒼ちゃんが、「寝すぎたー」と苦笑いしながら伸びをする。
平和で朗らかな空気が流れ、わたしも笑みを返した。
そこに凪さんが帰ってきた。
「ただいまー。遅くなってごめんな。腹減っただろ。何かうまいもん食って帰ろうぜ」
「凪兄ちゃんの奢り?」
「はいはい。何でも好きなものを奢らせていただきますよ」
「やった!」
蒼ちゃんがわたしに目配せをして白い歯を見せる。
いつもの天真爛漫な笑顔。
苦しみも、憎しみも知らないような、真っ白な笑顔。
だけどそれは、ホタルが代わりに影を背負っているからなんだ。
……どうしたんだろう、わたし。
今は蒼ちゃんと一緒にいるのに、あいつのことばかり心に引っかかるなんて。
『わかりません。僕には』
鼓膜に焼きついて消えない……まるで暗い海の底にいるような、寂寞としたあの声。
蒼ちゃんの笑顔が明るければ明るいほど、わたしはなぜかホタルを想って胸が痛んだ。