それでも僕が憶えているから

目をぱちぱちさせて時計を確認した蒼ちゃんが、「寝すぎたー」と苦笑いしながら伸びをする。

平和で朗らかな空気が流れ、わたしも笑みを返した。

そこに凪さんが帰ってきた。


「ただいまー。遅くなってごめんな。腹減っただろ。何かうまいもん食って帰ろうぜ」

「凪兄ちゃんの奢り?」

「はいはい。何でも好きなものを奢らせていただきますよ」

「やった!」


蒼ちゃんがわたしに目配せをして白い歯を見せる。

いつもの天真爛漫な笑顔。
苦しみも、憎しみも知らないような、真っ白な笑顔。

だけどそれは、ホタルが代わりに影を背負っているからなんだ。


……どうしたんだろう、わたし。
今は蒼ちゃんと一緒にいるのに、あいつのことばかり心に引っかかるなんて。



『わかりません。僕には』


鼓膜に焼きついて消えない……まるで暗い海の底にいるような、寂寞としたあの声。


蒼ちゃんの笑顔が明るければ明るいほど、わたしはなぜかホタルを想って胸が痛んだ。



< 159 / 359 >

この作品をシェア

pagetop