それでも僕が憶えているから
その後ろから、競馬中継の音声が聞こえた。
『お、いけねえ。今から大事なレースがあるんだ』
じゃあな! とあっさり言って、こちらの返事も聞かずに通話を切ってしまう川口先生。
わたしはしばらく唖然とし、それからぷっと吹き出した。
ざっくばらんで、競馬好きで、ちっとも教師らしくなくて。
だけど親切で温かい人。
ホタルがこの世界で出会った大人が、川口先生のような人でよかった。そう思った。
* * *
お見舞いを終えて病院を出たわたしは、その足で蒼ちゃんの家まで自転車を飛ばした。
到着したとき、あたりはすでに暗くなり始めていて、庭に面したリビングから灯りが漏れていた。
「……ホタル」
カーテンが開いた窓のむこうに姿を見つけて、無意識に名前をつぶやく。
そして、そんな自分に驚いた。
蒼ちゃんやホタルと過ごす時間の中で、わたしはいつのまにか容易くふたりを見分けられるようになっていたのだ。
そう自覚したから。
外にいるわたしに気づいたホタルが、おもむろに立ち上がって窓を開けた。