それでも僕が憶えているから

ホタルはわたしより2.3歩後ろで立ち止まり、目を丸く見開いていた。

彼の瞳に映る、ちょうちんの赤い光。
それがゆらゆらと揺らめいているのは、視線があちこちに吸い寄せられていたからだ。

白熱灯に照らされた屋台。
アニメのキャラクターのお面。
色とりどりの浴衣。
太鼓の音楽。
陽気な喧騒――。

普通の人なら何度も見たことがあるお祭りの光景も、ホタルにとっては、すべてが生まれて初めて体験するものなんだろう。

わたしは彼に一歩近寄り、左腕をぽんと叩いた。

ハッと我に返ったホタルがあわてていつもの仏頂面に戻る。
それに気づかないふりをして普段通りの態度でたずねた。


「何か食べたいものある?」


数秒置いて、思いがけない答えが返ってきた。


「ハンバーグ」

「ここまで来て、それ?」


つい笑ってしまったわたしに、ホタルがむすっとして言う。


「ハンバーグがいい」

「ある……かなあ」


ぽりぽりと頬を掻きながら周囲を見回すも、それらしきお店は見当たらない。
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