それでも僕が憶えているから
「ホタ――」
そばにしゃがんで声をかけようとしたそのとき。彼の左手がすがるように、わたしの服の裾をきつく握った。
「……てやる」
「え?」
荒い息の合間に絞り出した言葉。ちゃんと聞き取れなくて、唇の近くに耳を寄せる。
それはほとんど意識を手放し朦朧とした状態で。
だけど、確かに、彼は言ったのだ。
「殺してやる――」
氷をみぞおちに当てられたように、心臓が嫌な音を立てた。
直後、ホタルは完全に気を失った。糸が切れたように脱力し、けれど左手はわたしの服を握ったまま。
その彼を呆然と見下ろしながら、わたしは愕然としていた。
……殺すって、言った? 誰を?
いや、ただの聞き間違い、だよね……?
いつのまにか周囲には人が集まり、「熱中症じゃない?」「スタッフ呼んだ方が」と声が飛び交い始めた。
わたしはハッと我に返り、彼の左手を握ってもう一度「ホタル」と呼びかけた。
ゆっくりと目が開いたのは、その直後だった。