それでも僕が憶えているから
そこで俺はようやく理解できた。母が自殺したときのことを、俺自身はまったく覚えていなかった理由を。
……すべて、ホタルに押しつけたからだ。
死の恐怖も。目の前で母が亡くなったことも。
そして、自分が実の親に殺されそうになったという絶望も。
その壮絶な記憶から逃れるために、ホタルという新たな人格を作り、押しつけたんだ。
左手の傷はきっとホタルが海の中でもがいたんだろう。死にたくなくて、怖くて、苦しくて、必死に。
ホタルは生まれた瞬間から、絶望しかない暗い海で溺れていたんだ――。
それからの治療は一進一退だった。
ホタルは警戒心が強く、なかなか先生の前に現れてくれなかった。
主人格である俺ですら、彼と会話できるようになるまでに2年以上を要したほどだ。