それでも僕が憶えているから

この男さえいなければ母の人生が狂うことはなかった。

俺が親戚の家に預けられることも、病気になることもなかった。

生き地獄のような俺の人生は、全部全部、この男のせいだったんだ。


許せない……憎い……
胸に湧き上がってくるその想いを、俺はとっさに抑えこんた。

ダメだ、こんなこと考えちゃダメだ、せっかく今は幸せに暮らしているんだから。

負の感情を持っちゃいけない。周囲のためにも俺は笑っていなくちゃいけない。


だけど、やっぱりあの男が憎い。

憎い、憎い、殺してやりたい――!



激しすぎる感情が噴き出したそのとき。

頭のどこかで、こぽこぽと奇妙な音がした。

水の中で息を吐いたような、くぐもった音。


そう、長い間“彼”が眠っていた、暗い海の底の音だった。


『ホタル……?』


俺は再び彼を蘇らせてしてしまった。


自分自身では受け止めきれない絶望を、また押しつけるためだけに。


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