それでも僕が憶えているから
「………」
ホタルは金網に手をかけたまま、一向に振り向く気配がない。
だけど止まってくれたということは、わたしの言葉が届いたということだ。
夕闇に消えそうな細い背中を見つめながら、わたしは拳をきゅっと握った。
会うのはこないだの一件以来。ホタルが逃げるように蒼ちゃんの中に戻ってしまった、あれが最後だった。
そのあとの蒼ちゃんとわたしの会話を、ホタルは聞いていただろうか。
『ホタルを統合する』と強く言い切った、あの蒼ちゃんの言葉を。
「……久しぶり」
声が震えないように、不自然にならないように。わたしは神経を集中しながら話しかけ、一歩ずつ彼の方へと歩いていく。
「ホタルも散歩? 奇遇だね」
張りつめた空気に不釣り合いな口調。普通にしようとすればするほど、セリフが上滑りしているのは自分でもわかっていた。
だけどわたしは、今までと同じようにホタルに接したかった。
他愛のないやりとりで、問題なんか何もないように振舞いたかった。