それでも僕が憶えているから
「だって僕はそれしか知らない!」
叫びとともに、ホタルがわたしの真後ろのフェンスに左手を叩きつけた。錆びかけの金属がきしみ、激しく音をたてた。
「蒼は、絶望を背負わせるためだけに僕を作ったんだ! わかるか? 最初からだ! この世界に生まれた瞬間から、僕はそれしか知らなかった!」
自分の体も、戸籍も、何もない。
ただ蒼ちゃんの絶望を肩代わりするためだけに生み出された、ホタルという存在。
荒れ狂う海で溺れながらこの世界に生まれ落ちたとき、ホタルは何を想ったのだろう――。
そして、今も彼は溺れている。
暗く冷たい海の底で。
復讐という唯一の存在意義だけを、その左手に握りしめて。
「……お前なんかと関わったのが間違いだった」
両手でフェンスをつかんだホタルが、わたしに覆いかぶさるようにうなだれた。
ブレスレットをつけた右手と、傷痕の刻まれた左手。まるでわたしに選択を迫るように、震えている。