それでも僕が憶えているから
『俺を選んでほしい』
……ああ、そうか。だから蒼ちゃんはあのとき言ったんだね。
蒼ちゃんの幸せと、ホタルの幸せ。
相反するふたつの願い。
両立なんか望めないことは、最初からわかっていたことだった。
「ホタル」
ただ名前を呼んだ。それ以外は言葉が出なかった。
涙で歪んだ視界にホタルが映っている。
消えてほしくない。これからもずっと一緒にいたい。だけど、けっしてそれを伝えてはいけない人。
わたしがつかむべき手は、どちらなのか決まっているのだから――。
「………」
ホタルがそっとフェンスから指を離した。何も言わなくても、彼はわたしの選択を痛いほどわかりきっていた。
潮風が彼の背後から吹く。乱れた前髪の下の瞳が、暗い穴のように淀んでいる。
「……それでいい」
投げやりな、だけど自分を抑えるような淡々とした声で、ホタルが言った。
「もともとお前の目的は、蒼を守ることだったんだから。僕は、僕の目的をひとりでも果たす。それだけのことだ」
いっそ罵ってくれればよかったのに。
こんなにも静かで、悲しくて、そして彼らしい優しさを隠した言葉を、最後に言わせてしまうなんて。