それでも僕が憶えているから
いつのまにか空は紫色に変わっていた。宵の星が瞬き始めている。
ホタルは目を伏せたまま、わたしから体を離した。
「ホタル――」
「来るな」
思わず追おうとした足を、その鋭い声が押し留める。わたしは深くうつむき、立ち去るホタルの姿を視界に入れないようにした。
彼がフェンスを超えていく音が聞こえ、身を引きちぎられるような痛みを覚えた。
『じゃあわたし、一緒にお父さんを探すよ』
勢い任せでそう宣言したあの日から、わたしたちはともに過ごしてきた。
もとはバラバラだったふたりの道が、ほんのひととき交わって。この先もずっと続いていくんじゃないか、そんな気さえもしていた。
だけど今日からはまた別々の道に分かれていく。
もう二度と、交わることはないとわかっていても――。
ホタルの足音が聞こえなくなると、わたしはその場に崩れ落ち、声を上げて泣きじゃくった。
喉が引き攣れ、頭が痛くなっても、いつまでも泣くのをやめなかった。
……もっと流れろ、涙。
ホタルを想って泣く人間が世界にひとりでもいたことを、この海だけはきっと憶えていてくれるから。