それでも僕が憶えているから
*
《3》
別に何かを失ったわけじゃない。
ただ、もとに戻るだけなのだ。
「起きてる? 真緒」
ドアをノックする音が聞こえ、部屋の外からお母さんの声がした。わたしは「うん」と返事をしながら、壁にもたれていた体を起こす。
まだ20時過ぎ。さすがに寝ている時間帯じゃない。
だけど“起きてる?”と聞かれてしまうほど、わたしの部屋からは物音ひとつしないのだろう。
「静かだから寝てると思ったわ。何かしてたの?」
開いたドアの隙間から、お母さんが遠慮がちに顔をのぞかせた。
「ああ、うん。本読んでた」
ごく自然に嘘が出てくる。本当は、何をするでもなく、ぼんやりと時間をやり過ごしていたくせに。
最近はいつもそうだ。よけいな感情が出てこないよう、ただ漠然とした日々を送っている。
ホタルと決別した2週間前のあの日から、ずっと。