それでも僕が憶えているから
我慢していた涙が目の縁までこみ上げてくる。鼻の奥がつんとして、息が震えた。
「だから……だからせめてわたしだけは、ホタルをひとりの人間として見たかった。世界中の人が彼のことを実在しないって言っても、わたしだけは……っ」
約束したのに。ホタルを切り捨てないって、あのとき伝えたのに。
結局わたしは最後に、彼の傷だらけの左手を握ることができなかった。蒼ちゃんのためだと言いながら、逃げてしまった弱い自分。
「真緒ちゃんは、ホタルと決別したことを後悔してるの?」
凪さんがそっと差し出してくれたポケットティッシュを受け取り、まぶたに押し当てた。
「わかりません。ただ、こうするのが正しいことなんだとは思ってます」
「どうするべきか、じゃないよ。真緒ちゃんの心は、どうしたいと思ってる?」
「………」
そんなこと考えたこともなかった。考えてはいけない、考えても仕方がない、そう思っていた。
そして、今もやっぱりそう思っているから。
「……それもわかりません。これ以上どうすることも、わたしにはできないんです」
「そっか」
凪さんは小さくため息を吐き、それから独り言のように続けた。
「でも、あの夏祭りの日……ホタルのそばで笑っていた真緒ちゃんは、すごく幸せそうだったよ」
* * *