それでも僕が憶えているから


土曜日は、朝から小雨がぱらついていた。

心なしか窓のむこうの景色も灰色に曇って見える。窓ガラスに映るわたしの顔は、それ以上に曇っているけれど。

一昨日、わたしは約束通り凪さんにハンバーグを預かってもらった。

そして今日は、乾さんとの食事会の日。おじいちゃんとお母さんとの3人で、タクシーに乗ってお店に向かっている。


「月曜の10時に銀行の担当者が来るから、それまでに資料を準備しといてくれ。それから……」


助手席に座ったおじいちゃんは、さっきから仕事の電話ばかり。

いつものことだ。お母さんと乾さんの再婚だって、この人にしてみれば仕事の一環みたいなものだろう。

胸に広がる憂鬱をため息と一緒に吐き出したとき、車内にわたしのスマホの着信音が響いた。


「音は消しておけ」


助手席のおじいちゃんにフロントミラー越しに睨まれ、わたしは「すみません」とあやまりながらスマホを確認した。

新着メッセージが一件届いている。

その差出人が蒼ちゃんであることに気づき、心臓がどくんと跳ねた。
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