それでも僕が憶えているから

ひどく曖昧な質問。その意図をくんだ医師が、安心させるような口調で答える。


「そうですね、不安になるのは自然なことです。
なにしろホタルの持っている記憶は、蒼くんにとって最も辛いものだから。それを統合するには当然、痛みや苦しみを伴います。

でもね、心配しすぎる必要はない。今の蒼くんにはそれを受け止めるだけの強さが――」

「いえ、僕のことじゃないんです」

「え?」

「ホタルは、大丈夫なんでしょうか」


医師が言葉を失った。
僕も、唖然とした。

こいつはいったい何を言っているんだ……?


「……変なことを言い出してすみません。でも、やっぱり迷ってしまうんです。
ホタルを統合してしまったら、彼のこれからの人生はどうなってしまうんだろうって」

「ホタルの、これからの人生?」


はい、ときっぱり蒼が答えた。


「これまでのホタルの人生には、絶望しかありませんでした。
全部、僕のせいです。僕が何もかも彼に背負わせてしまったから。

だけどホタルは今……ひとりの人間として、彼を大切に想ってくれる人に出逢えたんです。
一緒に笑ったり、時々ケンカしたり、彼を必要として共に歩んでくれる人。

なのに、それをまた僕の都合で奪い取ってしまうのは……。

すみません。せっかく治療して頂いているのに勝手なことを言って」

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